gyoseigakunyumon’s diary

大学生が地域(島根県)の歴史や風景について綴ります

益田市鎌手の唐音水仙公園にて

益田市の鎌手にある唐音水仙公園に行ってきました。国道9号から山陰本線のガードをくぐり、しばらく線路沿いに走ります。途中案内の看板が見えるので指示に従い右折します。そこから2キロ程度山道を走ります。

離合が困難な場所がありますがガードレールはずっとありました。木々の合間から時折、眼下に荒々しい日本海が望めます。昭和50年に無人島となった高島が非常に近く見えます。

坂を下ると広めの未舗装駐車場があり、そこに車を停めます。簡易トイレや看板、ベンチもあります。

途中の道脇にも水仙が咲いていたのですが、駐車場から波打ち際にかけて一面に水仙が咲いていました。波風も強くあいにくでしたが、良い匂いが漂っていました。
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波打ち際の中央の岩は「蛇岩」というようで、安山岩でできているようです。赤茶けた岩は火山活動の影響を受けた事を物語っています。この岩に当たったらひとたまりなさそうです。以上です。

浜田市高尾山からの夕焼け

日暮れ時に高尾山を車で登り、景色を見ました。頂上には漁業用無線の基地があり、そこの職員の方と窓の中から挨拶しました。他にも色々な電塔やらが建っていました。

昭和年間に発行された浜田市史記に記述があった「平和の鐘」は廃墟然としており既に役割をおえたようでした。その鐘の小屋の屋根も瓦葺きといった時代を感じさせるもので少し感動しました。その奥にも四阿のようなものが見えましたが、遠目からなので判別できませんでした。

高尾山は市内からのアクセスも良く、頂上部の木を伐採すれば景色はほほ360°望めそうですが、恋人憩いの場としての役割は、「ゆうひパーク浜田」に譲ったようです。そもそも若いカップルが少ないこの町にそのようなものは必要ないのかと思うと余計に寂しいような気もします。

以上になります。※なお2枚目はゆうひパークからです。右上の隅に高尾山が見えます

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三隅公園記念梅林にて

浜田市三隅町にある三隅公園は、山陰合同銀行三隅支店の手前を浜田方面からみて左折し、奥に進んだところにある三隅神社の脇から登ります。

三隅公園はつつじも有名ですが、今は時期ではありませんでした。九十九折になった苔の生えた坂道を10分ほど登ると広場があり、梅林の入口に到達します。

天気は曇りで風もやや強く寒かったですが、日の当たる谷の斜面の梅の木はよく咲いていました。全体的としては5〜6分咲きといったところでしょうか。

地面には水仙も咲き、上品な匂いがしていました。

 

余談ではありますが、ここで新聞の取材を受けました。梅園が坂の上にあって近所の人も登るのは一苦労な事に加えて、あいにくの天候だったため取材できる人が少なため協力させていただきました。

春の訪れを感じさせる梅の香りに心が躍りました。以上です。

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浜田市、内田要害山城の探索

気分転換に浜田市美川にある内田要害山城に行きました。三家元神社の裏から伸びる尾根を登りますが、途中傾斜は45度を越えます。登っていくと、小規模な堀切&土橋のようなものがありました。それを抜けると小さな曲輪があります。それから100mほど登ると、頂上部の曲輪に到達します。曲輪の周りは土塁で囲まれ、切岸の下には帯曲輪が観察できます。

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f:id:gyoseigakunyumon:20200125220031j:image(総評)周布川が南を流れ、切り立った崖となっており、天嶮の要害と言えます。ルートも傾斜がきつく、登るのは極めて困難でした。切岸もしっかりとした作りのもので、十分守るには堅いと考えられます。以上報告です。